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横浜地方裁判所 昭和35年(行)7号 判決 1963年3月11日

原告 秋本良

被告 平塚税務署長

訴訟代理人 広木重喜 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原名の負担とする。

事  実 <省略>

理由

被告が、原告は昭和三十三年度中にその父石川功より金三十万円の贈与を受けたとして同年度分贈与税の納付義務ありと認め、昭和三十四年十月二十六日贈与税一万五千円及びその加算税三千七百五十円合計金一万八千七百五十円の賦課決定をしたこと及び原告がこれを不服として昭和三十四年十一月九日被告に対し再調査の請求をしたところ、昭和三十五年九月二十七日東京国税局長より相続税法第四十五条第三項第二号第五項第二号に基づき「審査の請求は棄却します」との審査決定がなされ、同月二十九日該決定が原告に送達されたことは当事者間に争いがない。

而して、当事者間に争いない事実及び成立に争いない甲第一号証の一、二、第二号証及び乙第五号証並びにその方式及び趣旨により真正な公交書と推定すべき乙第九号証、証人石川功の証言(第一回)を綜合すると、本件課税の経緯は次のとおりであつたと認められる。即ち、

(い)  原告は、昭和二十九年三月横浜国立大学学芸学都を卒業し、同年四月より平塚市金旭中学に就職し、音楽担当の教諭として勤務していたが、昭和三十三年三、四月頃より訴外秋本公正との間に緑談が持ち上り、それと共に住居建築の必要を感じその準備に着手し、縁談の進行と共に住居の建築を進め、同年九月頃、十月の挙式にさきがけて右住居部分と共に歯科診療所部分を併有する本件建物の建築を完成したこと、

(ろ)  一方、被害は、同年七月頃建築申請等から右建築の事実を発見したので同年十月頃原告に対し「建物新増築等について御たづねのこと」と題する書面をもつて建築費用及びその所要資金の出所等を照会したところ、原告は同年十一月二十五日これに対し本件住居部分及び診療所部分の区別を特に明らかにすることなく、右建物の種類を住宅として建坪は二十二坪、総工費は七十万円、その資金は自分名義の預、貯金の引出四十三万円及び父石川功からの借入金三十万円によつて賄つた旨の回答をしたこと、

(は)そこで、被害が右回答に基づき原告に対し具体的な説明を求めたところ、原告及びその父母がそれぞれ平塚税務署に来署し、右回答の内容につき種々説明した。而して、被告は原告の右回答中建築費が金七十万円であること及びその内約四十万円が原告名義の預、貯金から賄われていることの二点はそのまま容認したが、残りの金三十万円の父石川功よりの借入金については原告の回答によるも親子間の無利子の金銭貸与であること、原告の父石川功は弁護士として活発に業務を営み、相当の資産を所有していること及び本件建築が原告の結婚後の新居のためになされたものであること等の事情から判断してこれを借入金と認めず、親子、夫婦等特殊の関係にある者間の無利子の金銭貸与について結局積極的に贈与の取扱いを認める相続税法基本通達第六十四条に該当するものとしてこれを贈与と認定し、結局右金三十万円を原告の昭和三十三年度分贈与税の課税価格と認定して本件課税処分を行なつたこと

が認められるのである。而して、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで原告は父石川功より受領した金三十万円が贈与であることを争い、消費貸借である旨主張するのでこの点について検討するのに、なるほど現行憲法下新民法の施行と共に家庭生活においても良い意味での個人主義が尊ばれ、個人の尊重および家庭生活における個人の尊厳の原則の下に旧来の封建的家族制度が除去され「親は、未成人の子供に対し教育を授け養育する義務があるが、子供が就職し社会人として自立すればその後は双方の財産関係を別個とし、子供は子供の収入に応じた生活設計をたて、次の子供の教育に専念すべきであり、これと同時に親も亦老後子供に負担をかけさせない。」ことが望ましいと考えられるに至つてきたことはまことに原告主張のとおりであり、かかる独立した人格相互としての親子間で金銭貸借等の経済的行為が行われることは何ら異とするに足りないのであつて、この基礎理念についての原告の所論は洵にもつともであるが同時に新しい家族関係においても人間性に基づく親子間の自然の愛情のつながりを否定することはできず経済的に余裕のある親が嫁ぐ娘に対して或る程度の贈与をすることもこれまた花嫁の父としての心情の目からなる流露と言うべきところ、本件においては、成立に争いない甲第五号証乙第十四号証の一、二、第十八号証の一、二第十九号証、第二十三号証乃至第二十七号証、証人石川功(第一回)同石岡富七及び同中原敏夫の各証言(但し、証人石川功(第一回)の証言については後記借信しない部分を除く。)ならびに弁論の全趣旨によると原告の父石川功は弁護士として相当活発に活動しており、資産も相当有していること、原告にもすでに本件建物敷地を贈与しており、今回の建築も原告の結婚後の新居のためになされていること、原告において右金三十万円の金員授受は貸与であり、而も返済は約定どおりなされている旨主張するも石川功が法律家であるにかかわらず、借用証書等は一切作成されず、返済金についての領収書等も何ら証拠として提出されていないこと及び原告の父石川功には子供として原告及びその妹の二女あるのみで男子はなく、原告の父の原告らに対する愛情には一方ならぬものが窺えること等の事情が認められるので、原告の父石川功と原告との前記金員授受は原告が女子であるから男子の場合といきさか趣を異にし、矢張り貸与と言うよりはむしろ親子間の自然の愛情に基づく贈与と認めざるをえない。証人石川功の証言中右認定に反する部分はにわかに措信しがたく、他に認定を覆えすに足る証拠はない。

(なお、本件課税にあたつて被告が準拠した相続税法基本通達第六十四条は、措辞正確を欠くため、夫と妻、親と子、祖父母と孫等特殊の関係にある者相互間の無利子の金銭貸与については貸与を真実と認めた場合であつても相続税法第九条に規定する利益を受けた場合に該当するものとする取扱いを認めるかの如き誤解を与える虞なしとしないが、同通達第六十四条前、後段の趣旨は、要するに右の如き特殊関係にある者相互間の無償の金銭授受についてはその特殊関係に鑑み、それが貸与であることが明らかな場合でない限り、贈与として取り扱うものとする趣旨と解される。)

以上判示するところによれば原告とその父石川功との間の右金員授受が貸与であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の細部の争点について判断するまでもなくすでに理由がなく、かつ前顕乙第九号証によれば右金三十万円の課税価格に対する本件贈与税及びその加算税額の算出には何らの違法も認められない。

よつて、被害主張のその余の贈与の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨 若尾元 早川義郎)

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